バリ猫物語 その3

こんにちは。

横浜市保土ヶ谷区のプライベートジム & サロン、トータルボディコンディショニングimproveの宮本千絵子です。

 

さて、前回の記事にあげた通り、二代目・猫様「ココちゃん」は、2014年7月に初産を経験し、3匹の子猫を産みました。が、出産後約1カ月の間に、その小さな命たちは皆、逝ってしまいました。しかし、なんとそのわずか3カ月後、ココちゃんは再び妊婦となり、その年の10月末日、2度目の出産を果たします。

今回はそんなココちゃんの二度目の出産時のお話をひとつ。

 

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ココちゃんの初産からわずか3カ月後、ココちゃんは再び妊婦になった。その期間の短さや展開の速さに人間は驚いているヒマもないくらい、ココちゃんのお腹はまたみるみる大きくなり、あっという間にまた出産の日を迎えた。ココちゃんは、二度目の出産の場所に、うちの二階の机の下を選んだ。陣痛らしきものが来て、ココちゃんはひとりで二階へ上がり、夜中から明け方近くに出産を終えた。人間は気になりながらも極力邪魔はしないよう見守り、ココちゃんが少しの間ねぐらを離れたときに、3匹の猫たちが無事に生まれていることを確認した。子猫たちはネズミくらい小さくて、模様がみんな違っていた。ともあれ、今度はみんな頭もちゃんとついている。人間はもうそれだけで、ひとまず安堵した。

 

子猫たちが生後1週間ほど経った頃、ココちゃんはねぐらの場所を変えた。習性として、定期的にねぐらを変えるらしいということも、このときには人間も理解していたので、ココちゃんのなすがままに任せていた。1回目の移動は、同じ二階のスペースではあるものの、人間には覗くことも手を伸ばすこともできない狭い隙間で、そこで2週間くらい過ごした後、次の移動では、二階から階段を下りて、玄関から外へ出て、庭をつっきった先にある台所の屋根裏の隙間へと移動した。毎度、人間は一切手を出さず、ココちゃんが子猫たちを一匹一匹順番にくわえて、えっちらおっちら移動を完了させた。人間は、台所を使う際には、天井裏から不意に降ってくる子猫たちのおしっこに重々気をつけなければならなかったし、猫の糞尿のにおいの強烈さというものをこのときはじめて知った(基本的にココちゃんは屋外で排泄をしていたので屋内に猫砂トイレなど置くこともなかったため、このときまで猫の糞尿被害は受けたことがなかった)。

 

子猫たちが台所の屋根裏へ移ってしまうと、彼らがそこから自力で出てこられるようになるまで、人間は子猫たちの姿を見ることはできなかった。生後2か月くらいになった頃、3匹の子猫たちは、屋根裏から屋根の上までは姿を見せるようになったが、屋根から地上へ降りられるようになるまでには、さらに時間がかかった。生後2か月経った子猫たちはみな痩せていて、ココちゃんのお乳だけでは足りないのでは?と思った人間は子猫用のフードを買ってきて、屋根瓦の上に置いてみた。すると、3匹は恐る恐る近づいてきて、その後ガツガツ食べ始めた。この頃の子猫たちはまだ人間の姿を見ると、慌てて屋根裏のねぐらへ戻っていこうとしたが、人間が猫語で話しかけながら子猫用フードを持っていくようになると、子猫たちは徐々に人間を怖がらなくなった。人間は、インドネシア語はまったくもって上達しなかったが、猫語のスキルだけはどんどん上がっていった。

 

2015年元旦、ついに子猫たちが地上へ降りてきた。ココちゃんは玄関先のテラスをねぐらにすると決めたようだった。好奇心旺盛な子猫たちにとって、テラスの目の前に広がる庭は格好の遊び場であり、狩りを学ぶ場でもあった。わたしは子猫たちにそれぞれ、トマちゃん(♂)、フキちゃん(♂)、モカちゃん(♀)と名前をつけた。3匹はきょうだいではあるけれど、おっぱい争いはそれなりに熾烈で、こんな小さなときから、生き抜くための力を試されていた。一番元気なのは女のコ・モカちゃんで、男のコのフキちゃんとトマちゃんはとてもおとなしかった。フキちゃんは目が良くないらしくいつも涙目で、トマちゃんに至っては四六時中寝ていた。しばらくの間様子を見ていたものの、トマちゃんがあまりに眠るので、心配になった人間は、トマちゃんを獣医の元へ連れていった。獣医によると、猫風邪のひきはじめだけど対処すれば大丈夫ということで、ビタミン剤と目薬をくれて、そして体温が下がっているから暖めるようにと、湯たんぽを貸してくれた。あとはきちんと栄養を摂るようにということだったが、トマちゃんにとって、そこが一番のチャレンジだった。たとえおっぱいやごはんがそこにあっても、トマちゃん自身に力がなければ、栄養は摂りこめない。おっぱい競争に勝つ力、お乳を飲む力、子猫フードを食べる力、それらがつまりは生命力。結局のところ、獣医に診てもらおうが保護団体のようなところに救いを求めようが、ほかの何かや誰かがトマちゃんの命を救う訳ではないんだと知る。トマちゃんが生きるか死ぬかは、彼自身の生命力にかかっている。人間はトマちゃん用に湯たんぽの寝床をつくったが、トマちゃんはなぜか湯たんぽを避けて眠った。

 

獣医に診てもらった日の翌日、何かの鳴き声のようなものが聞こえた気がして目が覚めた午前3時40分、トマちゃんの様子を見に玄関先へ出た。

…トマちゃんがいない。

湯たんぽをおいてつくった寝床にも、よくうずくまってたいくつかの場所にも、どこにも。豆球片手に庭じゅうを探し回った。灯りが足りなくて、停電時に使うトーチもつけて探したが見つからない…。ココちゃんとフキ&モカ2匹はまったくいつも通りなのにトマちゃんの姿だけが忽然と消えてしまった…。あの体では遠くに行けるはずないのに、いったいどこへ行ってしまったの…わずかな灯りを両手に、人間は泣きながらひととおり探しまわった。が、暗い中では限界がある。明るくなるまで待つことに。そのときまでには戻ってくるかもしれないし、とわずかな希望を持って、ベッドに戻るものの結局眠れず、午前5時30分、再び外へ。まだ暗くて見つからない。午前6時、ようやく明るくなり始めた。

三度外へ。

 

朝陽のおかげで、トマちゃんを見つけることができた。

だけど、すでに旅立った後だった。

 

人間はまた号泣しながらトマちゃんのお弔いをした。深刻な状態ではないと、ほんの前日に獣医はそう言ったばかりだったのに。そして、ビタミン剤と目薬と湯たんぽで5日経っても回復しないようなら、また連れてくるようにと、それくらい、たいしたことないと思っていたのに。

 

トマちゃんは昨日おっぱいをあきらめた。きっと、それがサインだったんだ。

自分の力で食べられなくなったとき、そのときが命の終わりのとき、生命力が尽きたときなんだと、あらためて知った。

 

ひとつ救われることがあるとするなら、母猫ときょうだい達が落ち着いていること。そこが、初産で子猫たちを亡くした時と大きく違っている。だからこれはちゃんと自然の流れ、彼らの流れに沿った出来事だったのかもしれないと思った。

 

子猫たちと接する機会が増えるにつれ、ひとつ気づいたことがあった。生命力の弱い仔ほど人間になつきやすい。トマちゃんも元気な頃は人間を避けていたのに、最期が近づくほど人間になついた。逃げるだけの力もなかったからかもしれないけれど。

男のコ・フキちゃんは比較的人間になついたが、女のコ・モカちゃんはまったくなつかなかった。その差がきっと彼らの生命力の差なのだろう。

 

トマちゃんの死を通じて、人間はまたいろいろな感情が動き、様々なことを考えた。

しかし、この後さらに人間は、思いがけない事態に出遭うことになるのだった。

 

つづく

 

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上から、フキちゃん、トマちゃん、モカちゃん。生後7日目(1枚目)。

左から、モカちゃん、フキちゃん、トマちゃん。生後2ヶ月(2枚目)。